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2004.10.31(日本教科教育学会第30回全国(山口)大会の備忘録)

山口大学教育学部で行われた日本教科教育学会第30回全国(山口)大会に参加しました。今回は広島県広島皆実高校の田頭憲二先生との共同研究で 「日本人英語学習者の語用論的能力の発達過程‐先行研究からの試み‐」という発表をしてきました(私は第二発表者)。そこで、この備忘録では、その発表の簡単 なまとめというか草稿を書いておこうと思います。

「日本人英語学習者の語用論的能力の発達過程‐先行研究からの試み‐」 田頭憲二(広島県立広島皆実高等学校)・大和知史(国立明石工業高等専門学校
目的
これまで、日本人英語学習者の語用論的能力・知識を調査するために多くの研究がなされてきた。本論では、そうした研究の中でも最も多くなされている「依 頼」方略に着目し、日本人英語学習者の語用論的能力の生産面を対象とした先行研究を概観する。そして、これまでに明らかとなっている日本人英語学習者の語 用論的能力の特徴より仮説的発達能力を提案することを目的とする。
中間言語語用論研究の現状
中間言語語用論(interlanguage pragmatics; 以下ILPとする)研究において、日本人英語学習者の語用論的能力・知識の特徴を明らかにしようと努力がなされている。
現在までに、日本人英語学習者の語用論的能力の特徴(青木, 1987a, 1987b, 1988; Carel & Konneker, 1981; Kitao, 1990; Tanaka & Kawade, 1982)、言語転移の傾向(Takahashi, 1996; Takahashi & Beebe, 1987)、文脈的要因(社会的距離、心理的距離、依頼の度合い、等)の与える影響(Fukuya, 1997; Kawamura & Sato, 1996; Matsuura, 1998; Tanaka, 1988; Uenaka, 1999)、教授効果(Fordyce & Fukazawa, 2003)などの領域が研究され、それぞれ明らかにされている。
現状の問題点
しかし、先に挙げた研究のほとんどは、焦点をL2言語使用に当てている。つまり、どういった言語を発するか、使用す るか、という産出物に焦点が当てられている。一方、どのように英語学習者が語用論的能力を身につけてゆくのか、というL2語用論的能力の発達過程に関して は明らかになっていない(Kasper, 1996; Kasper & Rose, 1999; Kasper & Schmidt, 1996; Schmidt, 1993)。近年になり、語用論的能力の発達過程を解明する必要性が主張され始めているが(Kasper, 1992; Rose, 2000; Churchill, 2001)、未だ十分と言えるまでには至っていない。
また、これまでの研究が発達過程を考慮していなかったこともあり、研究手法として取られてきたのは横断的 (cross-sectional)、一時的(single-moment)研究手法であった。先に述べた発達過程を解明するためにも、長期に渡って被験 者(あるいは被験者による言語使用)を記録、観察する必要がある。したがって、その手法としてはそこに縦断的(longitudinal)研究が必要とさ れることになる。
これらをまとめると、現状の中間言語語用論においては、横断的研究によるL2使用が研究されているが、縦断的研究による発達過程に焦点が当てられていない、となる。では、「縦断的研究をすればいいではないか」と安易に考えてよいのであろうか。
「横断的研究」から「横断的研究の集積」へ
先に述べたように、現在「横断的研究から縦断的研究へ」と振り子が振れている状態であることが分かる。
しかし、最近行われてきている縦断的研究は、無批判に「縦断的研究が必要だから行う」という感覚に陥っているのではないかと考えられる。こうして、これまで行われてきた横断的研究の結果がないがしろにされてきている状況ではないであろうか。
例えば、縦断的研究を謳っているCode & Anderson (2001)は、10ヶ月のホームステイプログラムの実施前と実施後に談話補充課題(Discourse Completion Task: DCT)を課している。これでは、10ヶ月間の間にどのような発達を示したのかが十分ではなく、横断的研究を2回実施したものと変わらないのではないであろうか。
一方で、縦断的研究をすればそれで事足りるかというと必ずしもそうではないようである。Kasper & Rose (2002)は、"as with most longitudinal research, the database represented here (referring to Achiba, 2002; Ellis,1992; Schmidt, 1983) is rather small -just four individuals in the case of L2 requests (140-141; 括弧内は筆者による)"と述べており、縦断的研究の問題点が指摘され、横断的研究との相互補完することが求められている。
こうした状況において、語用論的能力の発達過程を明らかにするためには、「多数の被験者を用いている横断的研究」をう まく活用することが重要であると考える。横断的研究を縦断的研究と関連付けることで、先の相互補完をなすことができるのではないであろうか。つまり、横断 的研究を集積することで、縦断的研究をより有意義に行うことができるのではないであろうか。
先行研究の再検討
これまで、中間言語語用論における現状を把握し、その研究における問題点を指摘した。その問題点のひとつとして、横断的研究から縦断的研究への急激な振り子の振れをあげ、両者の相互補完が必要であることを述べた。
ここでは、相互補完のひとつとして、「横断的研究の集積による仮説的縦断的研究」を提起したい。そのために、次の二つの手順を経る。
1)発達過程の構築
2)既存の発達過程と仮説的「発達過程」との比較
1)では、これまでに行われてきた横断的研究の結果を集積し、被調査者である英語学習者の英語熟達度という軸を基に並べ替え仮の発達過程として分析した。また、2)では1)の仮の発達過程と既存の縦断的研究によって提示されている発達過程(Kasper & Rose, 2002)とを比較した。
再検討の手順
第一の手順として、横断的研究を収集した。それらは、日本人英語学習者を被験者としており、依頼方略を対象とした13の先行研究である。依頼方略に焦点を 当てたのは、依頼が重要な発話内行為のひとつであり、現在中間言語語用論研究において最も多く取り上げられているためである。
習熟度を軸とする横断的研究の集積
先に挙げた先行研究を、表の1に示すように、各熟達度レベルごとに上・中・下の3つに分類した(学習者の熟達度に関して記述のなかったものはその他に分類した)。
表1 分析に使用した先行研究と被験者の熟達度
  熟達度指標 先行研究(被験者数・調査方法)
下位 高校2年生 Code & Anderson (2001)(n=35, DCT)
中位 EFL大学生(TOEFL, 423-527)
EFL大学生(18-19歳)(CELT, 122-196)
EFL大学生なし
EFL大学1, 2年生(Pre-TOEFL,437-500)(310-377)
EFL大学生(英検2級以上)
Enochs & Yoshitake-Strain (1999)(n=25, VAR)
Sasaki (1998)(n=12, DCT, RP)
Fukuya (1997)(n=42, MC)
青木 (1988)(n=98,MC)
Kawamura & Sato (1996)(n=44, DCT)(n=44, DCT)
Matsuura (1998)(n=77, RS)
上位 ESL大学院・大学生(TOEFL, above 550)
ESL大学院生(TOEFL, above 550)
ESL大学院生
ESL大学院生
Kitao (1990)(n=34, RS)
Uenaka (1999)(n=8, MC)
Tanaka (1988)(n=4, RP)
Tanaka & Kawade (1982)(n=35, MC)
その他 なし年少者(10-12歳) Schmidt (1983)(n=1, Diary)
Ellis (1992)(n=2, RP)
注:RS (=Rating Scale), MC (=Multiple Choice), RP (=Role Play), VAR (=Various), DCT (=Discourse Completion Test)
熟達度の分類に際しては、「高校生<EFL大学生<ESL大学生<ESL大学院生」を第一の基準として、「英語習熟度の指標となるテスト」を第二の基準として分類した。以下にそれぞれの特徴を述べたい。
用いられている調査方法に違いはあるが、表2のような傾向がみられた。まず、表現形式に大きな違いが見られたことから、依頼方略の中でも表現形式に関連する「内的修正」に焦点を当てることにする。
表2 各レベルの学習者による依頼方略の特徴
  学習者の特徴
下位 内的修正
 ・ 直接的依頼表現から徐々に間接的依頼表現へと変化(Code & Anderson 2001)
・ 統語的に時制を変化(Code & Anderson 2001) 外的修正
・ Hintsを使用(Code & Anderson 2001)
・ Internal Downgradersが複数化(Code & Anderson 2001)
・ Pleaseの使用(Code & Anderson 2001)
中位 内的修正
・ 'May I VP?'を中立的な方略として頻繁に使用(青木 1988; Fukuya 1997; Matsuura 1998)
・ 'Could I VP?'、'Could you VP?'の使用が少ない(青木 1988; Matsuura 1998)
・ 'Would you VP?'を多用する傾向(青木 1988)
・ Conditional(Could, Would)をTenseよりも多用(Sasaki 1998)
・ Direct Requestsを使用(Fukuya 1997; Kawamura & Sato 1996) 外的修正
 ・ Pleaseを付加する傾向(Kawamura & Sato 1996; Sasaki 1998)
・ Groundersを最も多く使用(Sasaki 1998)
・ Groundersが説得的でない傾向(Kawamura & Sato 1996)
上位 内的修正
・ Conventional Indirectを好む(Tanaka 1988)
・ 'Could I VP?'を丁寧な表現として使用(Uenaka 1999)
・ 'Can I VP?'を頻繁に使用(Tanaka 1988)
・ 'May I VP?'を中立的な方略として認識(Kitao 1990)、避ける傾向(Uenaka 1999)
・ NSに比べ、Direct Requestsを多く使用(Tanaka 1988; Tanaka & Kawade 1982) 外的修正
・ Groundersを用いない傾向(Tanaka 1988)
その他 内的修正
 ・ 'Could I/you VP?'は表出しない(Ellis 1992)外的修正
・ Pleaseを多用する傾向(Schmidt 1983)
・ Hintsの使用はされない(Ellis 1992)〔初級学習者の発達過程〕 ※ 幼年者の依頼表現は、Lexical Cues、Direct Requests、Conventional Indirect、Internal Downgradersの順に発達(Ellis 1992)
 ※ 成人学習者の場合、限られたFormulaic RequestsからDirect Requestsへ移行(Schmidt 1983)
下位学習者は、直接的表現、命令文などの方略から疑問文等を用いた間接的表現へと移行している。そして、中位学習者においては、特定の表現"May I VP?"という方略に固執する傾向が見られた。この表現形式が多く現れることついては日本人英語学習者特有であると多くの研究が述べている。そして、上位学習者は、様々な表現を状況に応じて使い分けることができるようである。
以上に見られるように、個々の被験者は異なるものの、下位学習者から上位学習者への流れを、「仮の発達過程」とみなすことができるのではないであろうか。
既存の発達過程(Kasper & Rose, 2002との対比)
ここでは、手順1)において作成した「仮の発達過程」を、縦断的研究によって提案されている発達段階(Kasper & Rose, 2002)と比較検討したい。まず、以下にKasper & Rose(2002)による第二言語による依頼方略の発達の五段階を示す。
表3 第二言語による依頼方略の発達の五段階
Stage Characteristics Example
1: Pre-basic Highly context-development, no syntax, no relational goals "Me no blue", "Sir"
2: Formulaic Reliance on unanalyzed formulas and imperatives "Let's play the game""Let's eat breakfast""Don't look"
3: Unpacking Formulas incorporated into productive language use, shift to conventional indirectness "Can you pass the pencil please?""Can you do another one for me?"
4: Pragmatic expansion Addition of new forms to pragmalinguistic repertoire, increased use of mitigation, more complex syntax "Could I have another chocolate because my children - I have five children""Can I see it so I can copy it?"
5: Fine-tuning Fine-tuning of requestive force to participants, goals, and contexts "You could put some blu tack down there""Is there any more white?"
Source: Kasper, G. & K. R. Rose. 2002. Pragmatic Development in a Second Language. Blackwell Publishing. p.140.
Kasper & Rose(2002)は、既存の縦断的研究であるEllis(1992)とAchiba(2002)を基に表2のような五段階を提案している。 (Ellisでは被験者は2名、Achibaにおいては1名となっており、縦断的研究の欠点である被験者の少なさを示している。)
この五段階の発達過程と先の日本人英語学習者による「仮の発達過程」とを重ね合わせると、日本人英語学習者の下位学習者とFormulaic、Unpacking、中位学習者とPragmatic expansion、上位学習者とFine tuningという対応関係があると考えられる。つまり、横断的研究を集積した「仮の発達過程」は、既存の縦断的研究の提起する発達過程と類似していると考えられる。
しかしながら、先にも述べた通り、Kasper & Rose(2002)の提起する発達段階は、被験者がごく少なくESL環境で実施されたものである。さらには、発達の様相は、それぞれのステージを直線的、一方向的に進行していくものと捉えられている。
しかしながら、本研究において最終的に目的としたいのは、日本人EFL学習者であり、彼・彼女らが同一の発達過程を経ているのかについては慎重にならなくてはならない。
例えば、集積の際に見られた中位学習者のように、"May I VP?"と言った表現形式などは学習過程が大きく影響している可能性がある。また、学習過程の影響は、表2にあるように、上位・中位学習者ともに直接的方略を未だに用いていることからも分かる。
ここで、表の対比だけでは浮かび上がらなかった相違点が考えられる。それは、日本人英語学習者 の場合、特にEFL環境においては、依頼方略において、Kasper & Rose(2002)のように直線的、一方向的に発達するのではなく、各段階を何度も行き来しながら発達していくと考えられる点である。このことから、今 後の研究においては、ESL環境における発達過程とEFL環境における学習過程との関係を考察する必要があるであろう。この点において、日本人英語学習者 に特化した依頼方略の発達過程を設定する必要がある。
まとめと今後の課題
本論のまとめを行う。まず、中間言語語用論における現状を把握した上で、横断的研究と縦断的研究の間に見られる乖離現象を指摘した。両者の相互補完を促すひとつの方策として、横断的研究を集積し、仮の縦断的研究とすることを提起した。
次に、実際に横断的研究の集積として、日本人英語学習者による依頼方略研究を13取り上げ、それらを被験者の熟達度を軸として「仮の発達過程」を形成した。さらに、その「仮の発達過程」と既存の縦断的研究から提起されているKasper & Rose(2002)による発達過程との比較を行った。
その結果、一見すると「仮の発達過程」とKasper & Rose(2002)の発達過程とは、非常に似通った発達段階を示していることが分かった。しかしながら、日本人英語学習者の使用する方略を詳細に検討す ると、彼・彼女らは発達段階を直線的、一方向的に進むのではなく、各段階を何度も行き来しながら発達している点が相違点として考えられる。このため、日本 人英語学習者独自の発達過程を検討する必要があることが明らかとなった。
今後の課題として、今回提示した「仮の発達過程」を日本人英語学習者を十分に反映したものに改 めること、またそれを十分に検証することがあげられた。また、その際に注意すべきは、学習過程と習得過程を区別すること、ESL/EFL環境の区別をする ことである。(25.12.2004)